2026年8月8日から16日まで開催された AI HACK 2026 / TOKYO でのキノコの作品です。最終日8月16日、東京会場での全チームピッチに参戦しました。

1. 走馬灯は、死ぬ間際に見るものじゃない

走馬灯、と聞いて思い浮かぶのは、たぶん人生の終わりの景色でしょう。けれど『送真灯(そうまとう)』が贈るのは、まだ続いていく人への84秒です。
卒業する後輩に。異動していく同僚に。結婚する友人に。引っ越していく家族に。「おめでとう」の代わりに、その人自身も知らなかったその人の姿を、たった84秒の映像にして手渡す――それが、このサービスのやろうとしていることです。
このアプリの出発点にあるのは、たったひとつの気づきでした。
「自分の知らない自分は、他人の記憶の中にしかない」
私たちは、自分のことは自分がいちばん詳しいと思い込んでいます。でも実際には、まったく違う人生観を持った何人かの記憶の中に、自分でも気づいていない行動のクセが、確かに残っている。『送真灯』は、その散らばった記憶を集めて交差させ、本人に返す装置です。
2. 集めるのは「性格」ではなく「場面」
『送真灯』は、贈られる本人と、その人をよく知る3〜10名の関係者、両方から情報を集めます。本人からは簡潔な自己認識のアンケート。関係者からは、具体的な記憶と写真。
ここで面白いのが、質問の設計です。AIは「あの人はどんな性格ですか?」とは絶対に聞きません。聞くのは、7つの「場面」です。
- その人を思い出すとき、最初に浮かぶ場面は?
- そのとき、その人は何をしていた?
- もしその人がそこにいなかったら、どうなっていた?
- それはいつもの姿? それとも意外な一面?
- 初めて会った頃と、何が変わった?
- 本人はたぶん忘れているだろうことは?
- それを一言でいうと、どんな行動パターン?
「優しい」という形容詞ではなく、行動の本質をつかむ。この設計思想が全体を貫いています。しかもAIは回答に対して追加で質問を重ね、「そういえば……」という無意識の記憶を引きずり出してきます。所要時間は5〜7分。
そうして集まった複数人の記憶を、AIは人格診断にかけるのではなく、出来事として構造化し、意味の重なりから「◯◯なとき、◯◯する人」という再利用可能な行動パターンを抽出します。
3. 84秒の五幕構成
上映は、五つの幕で進みます。
幕Ⅰ 飽和 ――色が抜け、輪郭が溶けていく。
幕Ⅱ 流れ ――記憶の断片が、後方へ流れ去りはじめる。
幕Ⅲ 奔流 ――速度が上がり、一枚一枚がもう識別できないブラーになる。
幕Ⅳ 静止 ――そのなかで、一枚だけが目の前で止まる。無音。
幕Ⅴ 帰還 ――現実が、戻ってくる。
幕Ⅳで止まる一枚は、本人が撮ったのに一度も開かなかった写真だったりします。全員の記憶が交差した先にある、いちばん語られていなかった一枚です。
テンポの設計にも仕掛けがあります。「歳をとるほど時間が速く感じる」というジャネーの法則を応用し、人生の経過率に対して体感速度を逆比例で変化させる独自のテンポ曲線(janet-v1)を採用。データの密度の疎密が、そのまま感情の曲線になるように組み立てられています。
4. 「なぜ、この一枚?」を必ず見せる
上映が終わると、Dossier(根拠)の画面が開きます。
なぜAIがその一枚を選んだのか。誰の、どんな証言と、誰の、どんな証言が、どこで意味的に結びついたのか。それが可視化されて提示されます。
AIが「あなたはこういう人です」と断定して終わらない。判断の材料をぜんぶ開いて見せる。ここは、ハッカソンのプレゼンでもいちばん力を入れた部分でした。
5. 技術:数KBの「台本」が、84秒を組み立てる

フロントエンドは Vite + TypeScript + Three.js。記憶の断片は512pxのテクスチャにアトラス化し、InstancedMesh で描画。モーションブラーは速度ベクトルで表現しています。60fpsを目標に、30fpsを下限とした適応的な負荷調整を入れました。
バックエンドは Firebase Hosting + Cloud Run + Realtime Database。AIは OrcaRouter 経由で Anthropic をベースに、Google・OpenAI へフォールバックする構成です。
そして中核が SomatoScript 。AIが出力するのは動画のピクセルではなく、数KBのJSON台本です。暗号化された演出指示を端末側でリアルタイムに組み立てるので、上映中のネットワークI/Oはゼロ。
6. コスト:¥5,000 が ¥1〜5 になる
この「台本方式」がいちばん効いたのは、実はコストでした。
同じ84秒をAI映像生成APIで作ると、およそ ¥5,000 。対して『送真灯』の台本方式は、実測で ¥1〜5 のレンジです。12件の記憶から1本の台本を生成するのにかかったのは26〜39秒、実クレジットで¥2.0〜4.83。
「AIで映像を作る」のではなく「AIで映像の設計図を書かせて、描画は端末にやらせる」。それだけで、桁が三つ変わりました。誰かに贈るためのサービスとして、これは決定的な差です。
7. 記憶を預かるということ
人の記憶と写真を預かる以上、扱いには気を遣いました。
- 写真の原本は端末の外に出さず、縮小版(512px)だけを送る
- 記憶レコードは管理者の公開鍵(RSA-OAEP-256)で AES-256-GCM 暗号化
- 封(
.somatoファイル)の中で完全に独立し、外部URLを一切持たない
贈り物なので、封を開けるまでは誰にも見えない。当たり前のことを、当たり前にやる設計です。
8. 贈るまでの流れ
- 管理者が、贈る相手を登録する
- 回答者用のリンクが開通。AI面談(5〜7分)で写真と記憶を提供してもらう
- 本人が自己像アンケートに回答する(回答者には見えない)
- 管理者が
.somatoファイルを書き出す - 本人が封を開ける → 84秒の上映
- Dossier画面で「なぜこの一枚か」を確かめる
9. これから
ハッカソン提出の時点では、まだそこまで到達していない部分もあります。これから育てたいのはこのあたりです。
- WebXR対応(Quest3など)による没入感の向上
- 「一度きり」を仕組みとして強制する
- 常設公開に向けた流量制限・課金制御
- 動画・音声断片の取り込み
- 卒業・結婚・退職・引っ越しなど、利用シーンの拡張
10. 結び
AIに求めていたのは、たぶん効率のいい答えでした。でも『送真灯』が返してくるのは、あなたのことを見ていた誰かの、まだ言葉になっていなかった記憶です。
あなたがいなかったら、あの日どうなっていたか。それを覚えているのは、あなたではなく、まわりの誰かです。
84秒だけ、その席に座ってみませんか。
作品デモ動画
技術解説(Zenn)
制作の裏側と設計思想は、Zennに詳しく書いています。